クルーズ旅行記

オベーション・オブ・ザ・シーズ クルーズカジノ騒動記

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オベーション・オブ・ザ・シーズ
クルーズカジノ騒動記

Chapter1

数学の天才はブラックジャックでも天才か?

6月のある日、ぼくはシンガポールの港に向かってタクシーを走らせていた。
天気もよく、遠くがきれいに見渡せる。
左手には今やこの町のランドマークとなったマリーナベイ・サンズが見える。中では昼も夜もカジノが行われている。前日まではぼくもあの中にいたが、これから行くのはサンズではない。

タクシーはサンズを横目に港に向かった。やがて前方に巨大な船が見えてきた。 クルーズ客船「オベーション・オブ・ザ・シーズ」だ。 巨体に視界が遮られる。港が日陰になるほどの姿はまさに海に浮かぶ町のよう。

船には様々な楽しみがある。豪華なショーに多彩な食事、寄港地でのショッピングやマリンレジャーなどだが、ぼくの目当てはただ一つ。カジノである。海を航行する船の中でカジノをするのだ。

カジノは世界中いたるところにある。特徴も様々だ。ラスベガスのように町全体がエンターテインメントになっているカジノもあれば、マカオのように切った張ったの大博奕が中心のカジノもある。

しかしクルーズ船のカジノはやや違う。
最大の特徴は初心者が安心して遊べることだ。中にいるのは船の客だけ。ほとんどが旅のついでにカジノも体験してみようという人たちだ。ディーラーもそれを承知し、初心者にも嫌な顔一つすることなく懇切丁寧に教えてくれる。

カジノというと怖いイメージを持つ人がいるが、船のカジノに悪人がいる可能性は極めて低い。乗船時に全員がパスポートチェックを受け、身元がわかっている上、船という限られた空間にいることが犯罪の抑止にもなっているからだ。

そんなクルーズ船のカジノにはもう一つ特徴がある。
レートが低いのだ。
レートとは1回のゲームに賭ける最低賭け金のこと。たとえばブラックジャックなら10米ドル。地上のカジノの半分以下だ。カジノで遊ぶには大金が必要なイメージがあるが、船のカジノは庶民の小遣いで遊べるのだ。

長い列。チェックイン。そして船は出港し、マレーシア往復の旅が始まった。
さっそく乗客はレストランに行き、おいしい食事に舌鼓を打った。しかしぼくの心はおだやかではない。カジノがぼくを待っているのだ。食事も早々に切り上げ、ぼくはカジノに向かった。

オベーション・オブ・ザ・シーズのカジノ chapter1 イメージ1
【オベーション・オブ・ザ・シーズのカジノ】(※人がいる時間は撮影禁止)

カジノは客で混んでいた。国や人種も様々で、テーブルでは色んな言葉が飛び交っていた。フロアにはテーブルゲームが並んでいた。その一角にブラックジャックがあった。運良く席が空いたのでさっと腰を下ろした。

やはりクルーズ船のカジノである。ほとんどの人はミニマム(10ドル)で遊んでいた。
そんな中、大金を賭ける人がいた。
インド人である。
その隣にもインド人が座り、親しげに話す様子から友達同士とうかがえたが、賭け金が高額なことから裕福な人たちなのだろう。

インドには数学の天才が多いという。日本人は九九までだが、インド人は百百までできる人も多いらしい。天才的と言われるその能力を生かし、今や世界のIT産業を席巻しているのがまさに彼らインド人だ。

かつてマサチューセッツ工科大学の学生が、その能力を駆使してラスベガスのカジノをやっつけたが、インド人であればもしかしたらそれ以上のシーンが見られるかもしれない。
ぼくの心は躍りに踊った。

ところがゲームが始まると意外な光景が繰り広げられた。なぜか彼らは負けてばかりなのだ。しかも21をオーバーする負けばかりである。

ブラックジャックというのはカードの合計で勝ちが決まり、最も強いのが21である。だが、それより小さいからといって負けるわけではない。勝負はあくまでディーラーに勝つことだから、自分の手が弱くてもディーラーが21をオーバー(バストという)すれば勝ち。つまり自分の手が小さい場合はヒット(カードを引くこと)せず、ディーラーの自滅を待てばいいのだ。

ところがインド人はそうしない。基本に逆らい、自分の手をひたすら21にしようとする。ディーラーの手が何であれ、それを無視してヒットしているのだ。しかもそのほとんどは21をオーバーし、やればやるほど負けていた。

目を疑う場面もあった。
自分の手が絵札(10と数える)と絵札で合計20。ここはステイ(引かない)が鉄則だ。引いてはダメだとディーラーも言ったが、それを無視して彼らはヒット。来たのは絵札であえなくオーバーだ。
何度やっても繰り返されるヒットの連続にテーブル一同あ然とした。
足し算さえできないとは、彼らは数学の天才のはずじゃなかったのか!?

すっかりペースを乱された。これではとても勝負などできない。エライことになったと思った。
隣の客も調子が狂い、たくさん負けて席を立った。
すると空いた席に女性が座った。
いい香りがプンとした。
その姿を見てぼくの心は波打った。

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