オベーション・オブ・ザ・シーズ
クルーズカジノ騒動記
chapter5
クルーズ船の新婦は幸運の女神
クルーズも間もなく終わりに近づいていた。
今回、ぼくは相棒と一緒に船に乗っていた。彼とは仕事の相棒であるとともにカジノの相棒でもあり、「地上のカジノ」では互いに長い経験を積んでいる。そこで今回は「船のカジノ」をしてみようということになったのだ。
それぞれ異なる経験をもつぼくたちだが、乗ってみて意見が一致したのは、船のカジノは庶民的だということだ。安全なことが一つ。レートが低いことが一つ。そして初心者でも気軽に参加できるハードルの低さが一つだ。
そんな違いを感じながらカジノの中を歩いている時だった。相棒が若い日本人カップルを見つけたのだ。テーブルから少し離れて眺めていることから初心者と思われた。相棒が声を掛けると、二人は北海道からハネムーンに来た新婚さんだった。
【井上茂幸さんご夫妻】
船旅を満喫していたお二人は、せっかくの機会だからとカジノに来たが、やり方がわからずためらっていた。そこに声を掛けたのが相棒だった。
「ぜんぜん怖くないですから、大丈夫ですよ!」
その言葉で二人の緊張は解け、さっそくゲームに参加した。
選んだのは「大小」だ。
大に賭けると出たのは小。
次こそと、大に賭けると今度は大。的中である。
ほっとした様子の旦那様。
次も大に賭けると連続で的中。チップが少し増えるも、その後小が続いて最初に戻る。
「外れ始めるとあっという間ですね」
「そうですね。2分の1の確率なのになかなか難しいでしょう」
当たりとハズレを繰り返しながら旦那様がゲームする中、やがて奥様が「きゃっ」と声をあげた。「当たっちゃった」
見ると奥様のチップが、3つのサイコロを全て当てる「552」のところにポツンと置かれている。
何と58倍の大当たりである。
「これはすごい!」
ビギナーズラックと言ってしまうのは簡単だが、ビギナーの誰もが当たるかといえば全くそんなことはない。本人の持っている運であろう。
気合いが入ったのは旦那様だ。大や小に賭けながら、高配当のゾロ目も抑える。初体験ながら自分なりのやり方を見つけたようだ。
しかし奥様のようには当たらず、「なかなか難しいですね」と言った矢先だった。
「き、来ました!」
ついにゾロ目が的中したのだ。
「やりましたね!」
「当てようとすると当たらないのに、欲を捨てたら当たりました。不思議ですね〜」
「そうですね。運というものは不思議ですね」
カジノは人生に似ていると言う人も多い。勝ちたい気持ちが全くなければ勝つことは難しいが、勝とうとしてばかりだとやっぱり勝てない。こだわりを捨て、楽しもうとすると不思議に勝てたりする。
「遊び方のコツがだんだんわかって来ました」
ご主人はそういって笑顔を見せ、無理に勝とうとするのではなく、ゲームの流れを見ながらその瞬間その瞬間を楽しんでいた。
帰港地のシンガポールまであと少し。旅も終わりに近づいていた。
仲睦まじく船のカジノを楽しむ姿を見ながら、ぼくらはお二人の人生に幸多かれと祈った。
オベーション・オブ・ザ・シーズ クルーズカジノ騒動記
― 完 ―