クルーズ旅行記

オベーション・オブ・ザ・シーズ クルーズカジノ騒動記

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オベーション・オブ・ザ・シーズ
クルーズカジノ騒動記

chapter3

なかなか勝てない赤シャツおじさん

ブラックジャックで竜宮城体験をした翌日のことである。

目覚めた時は安堵した。ちゃんと部屋に戻っていたからだ。
二人の美女にうつつを抜かし、全くゲームに集中できず、勝ったのか負けたのかすらわからないまま床についた。
うっかり玉手箱でももらっていたなら今頃ぼくはオジイサンだ。さすがにそれはごめんだが、連絡先くらいはもらっておけばよかったか…。

食事を済ませてカジノに来るとルーレットには人だかりが出来ていた。

ここにあるのは「ヨーロピアンルーレット」だ。
ルーレットとは、1〜36に0を加えた合計37個の数字が書かれた回転盤に白い玉を投げ入れ、どこに落ちるかを当てるゲームだ。(ちなみにルーレットにはアメリカンタイプもあり、こちらは1〜36までは同じだが、0に加えて0もある。つまりアメリカンは38個の数字で遊ぶ)

ルーレットでは誰のチップか区別するため、すべての客が違う色のチップを使う。5人いれば5つの色、7人いれば7つの色だ。この日のテーブルも色とりどりのチップでまるで花が咲いたようになっていた。

テーブルはまさに押すな押すなの大盛況。
普通のカジノなら眼光鋭く「当てて見せるから待っていろ」的な客がいるものだが、テーブルを囲んでいるのは和気あいあいとした女性たち。いかにもクルーズのついでに初挑戦という人たちだ。手には少額のチップを握り、ディーラーの一挙手一投足をじっと見ていた。

オベーション・オブ・ザ・シーズのカジノ chapter3 イメージ1
【ルーレット】

ディーラーが玉を投げ入れた。
シュルシュルと音を立てて玉が回り始めた。
客のみんなが玉の行方を追って首を揃って動かした。まるでカラスを追いかけて一斉に首を回す動物園のペンギンのようだ。

玉はやがてスピードを落とし、コトリと音を立てて転がった。
すると、おじさんが立ち上がり、ガッツポーズをした。女性ばかりだと思っていたら男性も混じっていたのだ。
赤いTシャツに赤いシューズ。賭けるチップも赤とくれば中国人と相場は決まっているが、胸にはツアーか何かのワッペンが貼られたまま。たぶん初心者なのだろう。

当たった分のチップを受け取ると、「さあ、次も当てるぞ」といった顔でおじさんはチップを張った。賭けているのはストレート。つまり1〜36と0の数字にダイレクトに賭けるやりかたで、当たれば36倍の配当だ。
おじさんは的中。そのまた次もおじさんは的中。毎回当ててご機嫌だが、チップはみるみる減っていく。それもそのはず、毎度ほとんどの数字に賭けているのだから幾らやっても儲からない。初心者が陥る落とし穴だ。

実はこんなに何カ所も掛けられるのは、ここのレートが低いからだ。たとえばシンガポールのルーレットではチップ「1枚」5ドル。マカオも同じくレートが高い。しかしここは「1ゲーム」のミニマムが5ドル。たくさん賭けても痛くないのだ。

そんなわけで何カ所にもペタペタと賭けていたおじさんだが、この方法では儲からないと気づき、次の狙いを「赤」に変えた。
ルーレットには数字を狙うストレートの他、「赤か黒」または「奇数か偶数」を狙う賭け方もある。配当は2倍だが当たる確率は2分の1。ストレートよりはるかに当たる。

おじさんはチップを鷲掴みし、エイヤッとばかりに赤に賭けた。テーブルに「おおお!」という声がこだました。
東京下町の平らな土地にドーンと突き出たスカイツリーの如く、ルーレットのテーブルに赤いチップのタワーが立った。
みんなのどよめきに気を良くしたか、おじさんは「さあ、投げてみろ」とばかりにディーラーに合図した。「かしこまりました」とばかりにディーラーが投げると、出たのは逆さま、黒である。タワーはあえなく撤去された。

「こんちくしょう」といった感じでテーブルを去り、おじさんはどこかに歩いていった。気づかれないよう後を追うと、スロットマシンにちょこんと座り、投げやりな様子でガチャンと回した。
すると突然「リリリリリー」とけたたましいベルの音がし、バネ仕掛けのおもちゃのようにおじさんが飛び上がった。
もしや奇跡の大当たりか!? と、付近の客が集まった。ぼくも駆け寄りスロットを見ると、たった5ドルの当たりだった。
ガックリと肩を落とすおじさん。
どこか憎めない人だった。

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